わたし、人生相談もの大好きなんです。
占い師なので回答者の答え方を参考にする……というより、どちらかというと、人間のお悩みにはこんなにも様々なバリエーションがあるのか! と、世の中の人々の様々な考え方に触れられることが、純粋に面白いですね。「そんな人生があるのか!」と、いつも様々な人生相談を読んで刺激を受けています。
それで、読んだ本が「現代日本の精神構造」です。1965年刊行の本で、著者は社会学者の見田宗介さんです。新聞に寄せられた人生相談などを、社会学的に分析するというものなんですが、これが本当にメチャクチャ面白いのです。昭和40年ごろ、高度成長期まっただ中。今から60年近くも前の時代に、人々はこんなことで悩んでいたのか…と。
さっそく一例を見てみましょう
5年前上京して住み込みで和裁を習っています(中略)ところが1年前、この職場にM子さんが入り、家が貧しく小さい時から働いたせいか、とてもひねくれています。私たちの悪口をあることないこと奥さんにつけ、そのため奥さんに憎まれた何人かの人はやめてしまいました。(中略)何度か話し合いたいと思いましたが、そのたびにますますひねくれるばかりで、私の方が気が狂いそうです。それに私たちの職場は、新聞等読むと悪いことを覚えるからと新聞も読めず、ラジオも電気代がかかるからと聞けません。M子さんのことを先生や奥さんに打ち明けようかと思いましたが、はたして円満にはかってもらえるかどうか分からないので、毎日苦しんでいます。
現代日本の精神構造
家が貧しく、小さい時から働いたせいか!?!?
そ、それが性格が悪いことの理由になっちゃうの? と、まずそこに驚きます。
2022年の現代でしたら、有り得ないじゃないすか(笑)。職場で嫌な奴がいる→そいつが嫌な奴なのは、そいつが貧困家庭出身だからだ、なんて論法は有り得ないですよ。今だったら、そんなこと言ったら人権侵害ですし、言った人の見識を疑われてしまう発言です。
ちなみにこの引用文のあとに、著者の見田さんが解説するわけですが、M子の性格の悪さは貧困に原因がありそうだという相談者の見方については否定していません。
世の中がまだシンプルだったというか、そういうところが垣間見える事例ですよね~
この時代の洋裁需要は、洋裁教室という結実になったのかな、と
あと、この事例に加えて他の事例も見てみると、わりと頻繁に「洋裁を習って」という言葉が出てくるんです。どうやらこの世界では洋裁や和裁を習うと、食っていける=手に職が付くという世界観があるらしいのです。
引用の方は、小さいながらも店? にお勤めのようなので「洋裁=仕事=お金をもらえる」と図式が成り立つようですが、わたしの個人的な偏見かもしれませんが、たぶんほとんどの人が「洋裁=仕事になるような気がする技術=小遣い稼ぎ程度にしかならない」だったんじゃないかなあと思います。
女性の「手に職」需要を満たすためのものだったんじゃないかなあって。
でも、この時代に洋裁を習いたい人がメチャクチャ多かったというのは事実かと思うので「洋裁教室」を開いて生徒を集めて稼ぐというのは有りだったんでしょうね。
こう思うのは、道端でよく、古い「洋裁教室」の看板を見かけるからです。時代の感じがピッタリ合いますもん。
次は、この方の年齢を想像してみてください
私は姉妹5人の長男で現在■■歳。終戦直後、12歳の時に父に死なれ、大きく営んでいた材木問屋は倒産、母は食べ盛りの子を抱えて親子心中を考えたそうです。そんな状態のため、私は高校1年で中退して状況、保証人もないため就職にさんざん苦労した末、やっと住み込みで月給500円という口にありつき、それから十余年、コツコツ励んだかいがあって今ではご主人や業者仲間の信用も得られるようになりました。その間酒タバコはもちろん、一切の娯楽から遠ざかり、そのおかげで姉2人を嫁がせ、妹も短大を卒業して結婚、弟も大学を出して一流会社に就職させ、昨年小さいながらも一軒持たせて結婚させることができました。父の墓もやっと作り、母も田舎から呼んで2人で暮らし始めたのですが、今になって私は自分の心に大きなつまずきを感じるのです。ご主人や母、姉妹に話しても自分の気持ちをわかってもらえず、このごろは何もかも嫌になって生きていく希望もありません。学問も中途はんぱな私にはこれ以上考える力がないのでご相談する次第です。
現代日本の精神構造
この方、現在おいくつと書いてらしたと思います?
40代ぐらいかな? と思われませんでしたか。若い時に苦労されて、いざ兄弟や家のことが片付いてきたら空しくてたまらないという。2022年の現代にもありそうなお悩みです。
ただ、この方。27才なんですって。
ええっ、嘘でしょ!? って思われませんか(笑)
27才で人生やりきったら空しくてたまらないって…。どんだけ人生が圧縮されてるんだよ、と、2022年世代の我々には感じられてしまうのではと思います。
それに経歴をきちんとみてみると、ああ本当に昭和40年ってこういう世界だったんだ、って思います。
高校1年で働きだして、十余年働いたということは、16才からとしても現在27才だから、まあ確かに10年ぐらいになります。月給500円が高給なのかどうなのか分かりませんが、要するに特別な技術がない若者でも、一生懸命働いて10年稼いだら、妹や弟を大学に行かせて、家を買ってやれる経済力を持てるってことですよね。
すごくないすか。2022年世界からするとちょっと信じられないですよね。
2022年世界では、なかなかこういうパターンにハマらないと思うんですよ。これは完全に、時代のなせるパターンだなと思うわけです。今からしたら、異世界、ですよ(笑)。
ここで時代のおさらいを
昭和40年ごろというとですね、戦後20年しか経ってないころですね。戦後すぐではなく、朝鮮戦争も終わっていて高度成長期まっただ中です。日本全体が貧しい時代を脱して人々の生活が向上しているころです。
わたしの個人的なイメージですと、田中角栄氏がロッキード事件で捕まったころが、高度成長期の絶頂かなと思うので。それが1975年。この本の書かれた時代はその10年前ぐらいなります。
本当に上り調子の時代だったんじゃないかなと思います。(その時代の中にいる人は、ほとんどの人がそのことに気付いていなかったのだろうけど)
だから、2番目に引用した方のように27才で燃え尽き症候群になっちゃう人がいる(笑)。
2022年の今からすると60年近くも前の時代なんですけどね。
変わっているところはものすごく変わっているし、変わっていないところもある。
ほんとに面白いです。
余談ですが、以下ツイートの映画「県警対組織暴力」は、1975年の映画ですね。
わたし個人的にかなりの傑作だと思いますが、みなさんにはオススメしません。ヤクザ映画とか好きじゃないでしょ(笑)?
この映画で良かったのが、菅原文太演じる悪徳刑事が自分が刑事になった理由をとうとうと話すシーンがあるんですよ。「おれは戦争に行って帰ってきて、鉄砲撃つぐらいしかできない。だから鉄砲が撃てる警察官になった」。そんなようなことを言うんですが、ウワッ凄ッと思いましたね。
戦後から地続きじゃん、って。この人の頭の中には、まだ戦争が残ってるんだ、って。
こういうその時代にしかない世界観が見える作品が大好きです。
そんなわけで、ほんのちょっとしか紹介しなかったですが
「現代日本の精神構造」とても面白い本でした。見田さんの分析よりも、事例を面白がってしまっていて恐縮なんですが、本当に生々しくてとても良かったです。
後半部分では、この時代の人々の“幸福の源泉”が、労働ではなく消費の場にあることなどを分析されています。いや~これも時代を感じさせますね。
三浦展さんの「第四の消費 つながりを生み出す社会へ」を過去に読みましたけど、内容リンクしてます。この時代は、このフェーズなんだなってことがよく分かります。
あと「日常性と革命について」という、女子大生集めて座談会してもらって「革命」についてさりげなく意識調査をするという章も、企画そのものに「!?!?」で、面白かったです。
この時代、それこそ安保闘争、真っ只中ですからね。我々にはメチャクチャ違和感ある「革命」という概念が、この時代は違和感なかったってことなんですよ。
今だったら「女子大生にLGBTについて聞いてみよう」、みたいな企画が、60年ほど前では「女子大生に革命について聞いてみよう」という企画になるってことということですよ。世界観の違い、マジ面白いです(笑)。
というわけで書いてると終わらないので
ほんの一部紹介で恐縮ですが、そんな感じで面白かった本のご紹介でした。
わたしは、もともと、自分と違う世界観を持つ人の考えを知ることが好きでたまらないんです。正そうとかそういうんではなくて、本当に純粋に面白い。なんでそういう考えに至ったのかを知ると、おおおーって感動したりしますね。
広い意味での「文化」なんですよね。
そういった文化を垣間見ると、人間性が広がるような気もするので、オススメです。